矢野惣一が実際におこなったセラピーの事例です。
プライバシーの保護のため、状況設定を変えて掲載している部分もあるますが、セラピーの内容は事実に基づいています。
●不登校・・・・中学3年生・男子
●誰も私を愛してくれない。親のようにはなりたくない・・・30代女性
●魚恐怖症なのにシェフになりたい。転職の意味・・・・20代男性
●スキンシップ恐怖症・・・30代男性
不登校・・・・中学3年生・男子
S君は3年生になってから学校に行けなくなりました。学校に行こうとすると、不安感に襲われ激しい動悸がしてしまうのです。
彼は、3年生になってクラス替えがあってクラスの雰囲気になじめないのが原因ではないかと話してくれました。
クラス替えは毎年あるので、これは原因ではない。S君に登校拒否をさせている目的は他にある、と私は考えました。
なぜ3年生になったとたんに学校に行けなくなったのか・・・きっと進路に関係があるに違いない、と私は考えました。
S君のお父さんは開業医です。しかしS君が通っている附属中学の大学には医学部はありません。
ご両親の仲はあまりうまくいっておらず、S君はお母さんからお父さんに対する愚痴をいつも聞かされて育ちました。
そしていつしかS君は、お父さんの跡を継いで医者になるのは嫌だと思うようになりました。
そのようなこともあって、お母さんが薦める医学部の無い大学の附属中学校に進学したのです。
私は、S君の本心が「僕はお父さんの跡を継いで立派な医者になるんだ」と言っているのだと感じました。
S君に心の中にいるお母さんと話をしてもらいました。
S君の心の中にいるお母さんは「自分の言うとおりにしなさい」とS君に言いました。
S君が「お母さんが僕の心の中で僕を守ってくれているのを僕は知っています」と言うと、
お母さんは、「ごめんなさい。私の力が必要なときはいつでも言いなさい。それ以外は、あなたの自由にしなさい」と答えてくれました。
泣いているお母さんの肩をS君は優しく抱いてあげました。S君が少年から男になった瞬間でした。
それからS君は、お父さんの病院に見学に行きました。
父親の働く姿を自分の目で見て、病院のスタッフから父親がどんなに優秀な医師なのかを聞いて、患者さんの姿に父に対する信頼感を感じて・・・
父親に対する彼の評価は変わりました。彼は「お父さんのような立派な医者になりたい」と思ったのです。
彼は、今まで母親というフィルターを通して世の中を体験していました。 それが、自分の体で実際に体験することで、母親と自分の感情や価値観を切り離せるようになったのです。
男の子は、母親の胸から離れ、父親の背中を目標として進むことで、男として成長してゆきます。
彼は大人の男として、自分で体験し、考え、決断することを始めようとしていたのです。
私は彼に私が昔抱えていた悩みと、その悩みから何を学んだかを打ち明けました。
「この話を聞く前と聞いた後とでは、僕に対する気持ちはどう変わった?」私は訊ねました。
「聞いた後の方が信頼感が強くなりました」
「それは、どうして?」
「先生も辛い経験をしているから、僕の辛さもわかってもらえるかなって。それと、先生もよくなれたんだから、僕もよくなれるかなって思いました」。
「君は将来お医者さんになるんだよ。今の苦しみはその時、きっと役に立つよ」と言うのは簡単です。
しかし、カウンセラーがそれを言ったら、ただのお説教です。
クライエントさんが、自分の口から言えば、それは彼の血となり肉となるのです。
彼の不登校は、劇的な解決を迎えました。
不登校を続けていた彼は、無理をして修学旅行には参加しました。それは彼にとってかなりのストレスでした。
彼は皆の前で吐血したのです。
すると今まで「何で学校さぼってるんだよ」と彼を非難していたクラスメイト達が「体大丈夫か?」と心配してくれるようになったのです。
彼は、このことで「人は皆支えられて生きている」ということを学んでくれたと思います。
かくして彼の不登校は過去のものとなりました。
結局、不登校は多くの成長を彼にもたらしました。
母親からの精神的自立、医師になるという将来の目標、家族のきずな、友情、自己信頼・・・.
人は悩みを乗り越えることで大きな自己変革を遂げることができます。
それは、心身の成長であったり、問題解決であったり、能力の拡大であったり、活き活きとした自己の回復であったり、人さまざまです。
そして、この大きな自己変革の経験は、医師やカウンセラーや教育者になる者にとっては不可欠のものだと私は思います。
S君の不登校は、彼に大きな自己変革をもたらしました。それは、彼が将来医師になる時、仮に医師にならなくとも、彼にとって大きな財産となるのです。
催眠や心理療法は、悩みを解決するだけではありません。悩みを乗り越えた時、クライエントさんは、大きな自己変革を遂げているのです。
私は、人が大きく成長する過程の立会人になれる、セラピストという仕事をとても誇りに思います。
誰も私を愛してくれない
親のようにはなりたくない・・・30代女性
Oさんはファッションモデルのような長身の美人です。なのに自分が美人だと思ったことはないといいます。
そればかりか「私なんか何をしても失敗するに決まっている」「私は自分を粗末に扱っている」と彼女は言います。
彼女は結婚してお子さんが2人います。それなのに「夫も子どもからも愛されていない、私は一人ぼっちだ」と感じると言います。
生きているのが辛くてしかたない。いっそ死んでしまったら楽になれるかも。そんな考えが頭をかすめます。
自分がこんなふうになったのは、両親の子育てに問題があるのではないかと彼女は考えていました。
Oさんは子育てについてこうおっしゃいました。
「私は母と反対の子育てをしている。母と反対の子育てをして、子どもたちが幸せになれれば、それが母への復讐になる」。
私は彼女にお母さんについて話をしてもらいました。
彼女は3人姉妹の真ん中です。
子どもの頃、他の姉妹と比較されて「なんであんただけ変なの。あなただけできないの。どうせあなたは何をやっても失敗する」と
お母さんに言われて育ったといいます。
地元の高校を卒業すると家を出て東京で就職することにしました。
「わたしだって一人で生きていけることを母親に見せつけてやりたかった」と彼女は当時を振り返ります。
そして東京で結婚し、2人のお子さんをもうけました。
普通の女性は出産のとき実家に里帰りします。実の母親の元が一番安心できるからです。
しかし彼女は自分の実家へは戻らず、ご主人の実家で出産しました。
それくらいですから高校卒業以来ほとんど実家へは戻っていません。
出産の時に実家に帰らなかったのは親が嫌いだからだと言います。
けれど彼女は無意識のうちに“私は親の助けなしでも立派に生きれる”ということをお母さんにわかってもらおうとしていたのです。
私は彼女の苦しみは“お母さんに自分のことを認めてもらいたい”という気持ちの表れだと予想をたてました。
「わたしだって一人で生きていけることを母親に見せつけてやりたかった」
彼女の言葉がそれをよく示しています。
彼女の心の中では、お母さんが今でも
「あなたは何をやっても失敗するに決まっている。あなたは変な子」
と言い続けているのです。
そして、彼女がこれほどまでにお母さんに認めてもらいたいと思うのは、お母さんのことをとても愛しているからなのです。
私は催眠で彼女の心の中のお母さんと彼女を引き合わせました。
お母さんに向かって
「お母さん、あなたは何をするために私の心の中に住んでいてくれているんですか?」
と訊ねてもらいました。
お母さんが答えました。
「あなたを支えているのよ」
それはOさんが予想していない言葉でした。彼女は自分はお母さんに嫌われていると思っていたからです。
Oさんは涙を流しながら「ありがとう」とお母さんに言いました。
まだお母さんに心の中にいてほしいかOさんに訊ねると、Oさんはもういてもらわなくても大丈夫と言いました。
そこで、Oさんにこう言ってもらいました。
「今まで私を支えてくれて、ありがとう。もう私はお母さんがいてくれなくても大丈夫。
私の人生は私にまかせてください。私の心の中から出て行ってください」。
こうして、心の中のお母さんの本当の気持ちを知ることができました。お母さんから愛されていたことを感じることができたのです。
そのことで、Oさんは自分のことも認めて大切にしてあげることができるようになりました。
幼い子どもにとって、親に愛してもらえるかどうかが一番の関心事です。
だから親になにか自分の評価を言われると、そのとおりの人間になることで親に認めもらおうとします。
たとえそれが「おまえは何をやっても失敗する」、「おまえは変な子だよ」といったネガティブなものであってもです。
こうしてほとんどの人は、良くも悪くも親に言われたとおりの人間に成長します。
ところがOさんは、お母さんに言われた「おまえは何をしても失敗する」という言葉をはね返して、幸せな家庭を手に入れました。
けれどそのことで“親に認めてもらえていない”という潜在的な思いに苦しむことになったのです。
親に認められない、愛されていないことは、自分のことを認められない、愛せないことにつながるからです。
私はOさんの“お母さんに認めてもらいたい”という気持ちが叶うようセラピーを組み立てたわけです。
そのためにはOさんがお母さんにかけられた「おまえは何をしても失敗する」という暗示をお母さん自身に解いてもらう必要がありました。
親にかけられた暗示は親にしか解くことはできません。
だからOさんは、いくら夫や子どもから愛されても、自分は誰からも愛されていない、と感じていたのです。
人の心のしくみで興味深いのは、親にかけられた暗示を解くのに、親に実際に何かをしてもらう必要はないということです。
現実の親でなく、イメージの中の親にしてもらっても効果に違いはありません。
潜在意識は現実とイメージの区別がつけられないからです。
だから、Oさんはイメージの中のお母さんに自分のことを認めてもらうことで、お母さんにかけられた暗示を解くことができたのです。
セラピーが終了して1ヶ月程して、Oさんからメールをもらいました。
そこには「あんなに苦しかったのが嘘のようです。今は毎日が楽しいです。母に手紙を書きました。
自分が母に対して思っていたことを書き、今まで心配をかけたことを謝罪することができました」と書いてありました。
魚恐怖症なのにシェフになりたい。
転職の意味・・・・20代男性
私はYさんに催眠で、魚恐怖症になった原因の出来事を思い出してもらいました。
Yさんは幼稚園児で海の中で溺れていました。
海の中に沈んでいくとき、秋刀魚のような魚の大群がやってきて、いっせいにYさんの方に頭を向け、
たくさんの魚の目ににらまれているような感じがしました。
Yさんの魚恐怖は、溺れたときの恐怖感とそのときに会った魚の群れとが結びついたものだったのです。
Yさんにその過去の出来事を過去の自分が映っているビデオを見るように冷静に見てもらいました。
それから、Yさんに過去の中に入っていってもらい、幼いYさんにむかって「もうこんな怖い思いはしないよ」と言ってもらいました。
幼い子どもにとってはとてつもなく怖いものであっても、大人にとっては少しも怖くないものです。
このように恐怖症の原因は、今の自分から見れば少しも怖くないことなのです。
だから、恐怖症の原因となった出来事にもどり、それを大人の自分が怖がらずに冷静に見て、
怖がっている当時の自分に「もう怖い思いはしないよ」と保証してあげることでほとんどの恐怖症が治ります。
次にYさんが“なぜ料理人になりたいのか”その理由を探ることにしました。
Yさんは公務員という安定した職業から西洋料理のシェフへ転職しようとしていたからです。
はっきりとした目的がない転職は失敗してしまいます。
Yさんにはもうひとつ悩みがありました。
それは“人がものを食べる音が気になる。特に自分の食べている音が気になってしかたない”というものです。
Yさんのお母さんが、同じようにものを食べる音に神経質な人で、Yさんはいつも食事のときに注意されていました。
さらにお母さんから
「お母さんは昔つき合っていた男の人がいたんだけど、その人が食べるときにきたない音をたてるので、別れたのよ」
と聞かされたことを思い出しました。
このことで子どものYさんは“食べるときに音をたてたらお母さんに嫌われる”と思ってしまったのです。
だからYさんは、自分が食べる音が一番気になるのです。
そこで私は催眠でYさんの心の中にいるお母さんに言ってもらいました。
「お母さんが嫌いなのは音であって、あなたのことが嫌いなわけじゃないのよ。
今までつらい思いをさせてごめんね。どんなにあなたが食べるときに音をたてたって、お母さんはあなたのことが大好きよ」。
それからYさんは催眠の中で小さな男の子にお粥をつくってあげて一緒に食べました。 男の子はズーズーピチャピチャと音をたててお粥を食べます。 それをYさんは「可愛いなぁ。おいしそうに食べてるなぁ」と微笑みながら見ることができました。
この男の子は小さいときの自分ではなく、おそらく自分の子どもだろうと、Yさんはおっしゃいました。
Yさんにはまだお子さんはいらっしゃいません。
お子さんが生まれたら、自分が母親にされたような躾をしてしまうのではないかという恐れが、今まで子どもをつくらせなかったそうです。
Yさんの食べる音が気になるという症状は、なくなってはいません。
それがなくなるためには、お子さんの誕生を待つことになるでしょう。その日はそう遠くないはずです。
Yさんにとって食事の時間は恐怖であったに違いありません。
音をたてないように神経をとがらせていては味なんかわからなかったことでしょう。
だからYさんの胸には、“多くの人に食事を楽しんでもらいたい”という思いが潜在的に芽生え大きく成長したのだと思います。
それがYさんを料理人の道へ導いたのでしょう。
“食事を楽しんでもらいたい”この気持ちをYさんほど強く持っている人がいるでしょうか。
Yさんは必ず私たちの“舌と心”を楽しませてくれる料理人になってくれる。私はそう確信しています。
魚恐怖症が治ったYさんは調理学校に通い始めました。Yさんの料理をご馳走になる日を楽しみに待っています。
スキンシップ恐怖症・・・30代男性
Yさんは、女性と手を繋いだり、体に触れられると、無意識に体が拒否する、という悩みで、ご相談にいらっしゃいました。
私はYさんを「スキンシップを拒否する」という原因となる出来事に年齢退行しました。
Yさんは赤ん坊で、お母さんにおんぶされて、夜に線路際を散歩している場面が出てきました。
お母さんの背中でYさんは、とても不安な気持ちになっていました。
当時、Yさんのお父さんお祖父さんが経営する会社が倒産した頃で、生まれたばかりのYさんを抱えて、お母さんはとても不安だったのです。
赤ん坊は、自分と母親の感情を区別することはできません。ですから、お母さんの不安を、赤ん坊のYさんは自分の不安として直に感じていたのです。
普通、スキンシップは人の肌の温もりが伝わって安心感を与えてくれます。
しかし、Yさんの場合は、肌の温もりとお母さんの不安が結びついてしまって、
大人になってからも、正常なスキンシップがとれなくなってしまっていたのです。
この思い出の中で、貨物列車の警笛が淋し気で、より不安感を高めていることが分かりました。
そこで、記憶の中で警笛の代わりに、お母さんに「二人の世界」を歌ってもらいました。
♪愛、あなたと二人♪ とお母さんが歌っていると、いつの間にかお父さんが現れて、お母さんと一緒に歌い出しました。
二人は歌い踊り、まるでミュージカルのようになりました。
そしてエンディング、♪二人のため世界はあるのぉ〜♪ と、お母さんお父さんはハグし合いました。
Yさんは、お父さんお母さんの胸の間にいて、二人の肌から暖かな温もりが伝わってくるのを感じました。
こうしてYさんはスキンシップを楽しむことができるようになったのです。
過去を変えることはできません。しかし記憶を変えることはできます。
私たちは過去にどんなことがあったかではなく、その出来事をどのような印象で記憶しているか、その記憶の印象に悩まされているのです。
どんなことがあったかは重要ではありません。それをどのように記憶しているかが重要なのです。
過去の出来事の内容を変えるのではなく、記憶の中の色や明るさや音を変えることで、その出来事の印象を大きく変えることができます。
そうすれば、辛かった出来事を楽しい思い出として記憶し直すこともできるのです。
この例で私がやったことは、「お母さんに何か楽しい歌を歌ってもらってください」と言っただけです。
歌に「二人の世界」を選んだのも、その歌によって、記憶がまったく別のものになったのも、Yさんの潜在意識がおこなったことなのです。
人は記憶をポジティブに書き換える能力を持っています。
セラピストは、ただ本人がその能力を引き出せるようにほんのちょっとお手伝いするだけなのです。





